大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

調所広郷とは?(ずしょひろさと)行った改革や琉球との密貿易、黒砂糖専売 その子孫 大河「西郷どん」キャストは竜雷太

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する調所広郷(ずしょひろさと)

竜雷太さんがキャストを演じるこの人物について、

難しい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます!

 

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調所広郷(ずしょひろさと)の生い立ち

 

調所広郷(ずしょひろさと)は、

1776年に薩摩藩士・川崎兼高のもとで生まれます。

武士であはあったものの、身分は低く、

貧しい家だったとされます。

 

のちに薩摩藩士・調所清悦の養子となり、

隠居していた前藩主・島津重豪に才能を見い出され、

藩主・島津斉興島津斉彬島津久光の父)に仕えます。

 

500万両もの借金があった薩摩藩

 

調所広郷を理解するには、

まずは当時の薩摩藩の財政事情を知っておく必要があります。

 

当時、薩摩藩の借金は500万両もあったとされています。

薩摩藩の収入が13万両であったため、

収入をそのまま返済にあてても約39年かかる計算になります。

とても深刻な財政状況だったことがわかるでしょう。

 

さらに、毎年の支出は19万両を超えており、

その5割が江戸の薩摩屋敷の維持費や参勤交代にかかる費用、

そして4割が借金の利息の支払いで、

藩士たちへの給料も十分に支払えないような状況でした。

 

薩摩藩は、いつ財政破たんしてもおかしくなかったのです。

 

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財政改革を任される調所広郷

 

そこで、薩摩藩の財政改革を任されたのが調所広郷です。

 

島津重豪はすでに隠居し、藩主は島津斉興でしたが、

島津重豪が生きている間は実権を握り続け

財政改革に調所広郷を任命したのも島津重豪でした。

 

島津重豪からの指示は

「500万両の借金を無くし、50万両の準備金を作れ」

という、無理難題でした。

 

奄美大島などの黒砂糖の専売や清国・琉球との密貿易

 

そんな無理難題へのチャレンジがスタートした調所広郷。

 

目を付けたのは、

鹿児島の南にある奄美大島・徳之島・喜界島でとれるサトウキビから作る黒砂糖でした。

それまでも黒砂糖は売られており、薩摩藩の収入源になっていましたが、

調所広郷は、サトウキビの栽培から黒砂糖の販売までを完全に薩摩藩の管理下におく「専売制」をとり、

砂糖問屋などが入り込むことができないようにして利益を独占しました。

 

さらには、鎖国の時代に禁じられていた他国との貿易を幕府に秘密で行います。

清国や琉球などとの密貿易を活発化させることで、利益をあげていきます。

 

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借金を「250年間、無利子で返済する」と宣言

 

さらに、500万両もあった借金をしていた商人たちに対して

「250年間、無利子で返済する」と強引に宣言します。

これは実質「踏み倒しますよ~」と言っているようなものなので、

お金を貸していた商人たちはたまったものではありません。

強く抗議したものや、

潰れてしまった商人もいたようですが、

先ほどの「黒砂糖の専売」「清国・琉球との貿易」に優先的にかかわることを認めるなどのメリットも与えられたため、

そのまま受け入れた商人もいるようです。

 

この政策によって、

調所広郷は「借金踏み倒しの極悪人」と評価されることが多いようです。

 

これらの財政改革を20年にもわたって実施、

ついには薩摩藩は150万両もの備蓄金を持つまでにいたり、

その後の明治維新を実現していくための財力を身に付けるのでした。

 

お由羅騒動で失脚する調所広郷

 

そんな薩摩藩の救世主ともいえる調所広郷ですが、

その後の、薩摩藩の後継者争いお由羅騒動に巻き込まれることになります。

 

「お由羅騒動」はざっくり言うと、

島津斉彬派と島津久光派にに分かれ、

藩主・島津斉興の後継者を争った藩内抗争です

 

島津斉興は島津久光を後継者にと考えており、

調所広郷もそちらにつきます。

 

しかし、幼いころより江戸で過ごしていた島津斉彬は江戸幕府の要人とも人脈があり、

幕府老中・阿部正弘と手を組みます。

そして、島津斉興や調所広郷が密貿易を行っていることを幕府に告発し、

島津斉興を隠居させてしまいます。

それにより島津久光は後継者となれなくなり、

島津斉彬が次の藩主となります。

 

このことで、調所広郷も島津斉興と共に失脚させられてしまいます

さらには、密貿易の件で阿部正弘に問い詰められ、

江戸にて急死します。

責任追及が島津斉興に及ぶことを恐れて、

自ら毒を飲んで自殺したともいわれています。

 

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調所広郷の子孫

 

調所広郷の死後、

調所家の屋敷は没収され、家格も下げられました。

 

しかしながら、調所広郷の子孫はその後も活躍します。

 

調所広郷の三男である調所広丈(ちょうしょひろたけ)は、

札幌農学校初代校長、札幌県令、高知県知事、鳥取県知事、貴族院議員を歴任。

 

孫の調所五郎(ずしょごろう)は、

大富豪の娘との結婚を反対されて心中し、映画「天国に結ぶ恋」のモデルとなっています。

 

現在でも調所広郷の子孫は、企業の重役などとして活躍しています。

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