大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

山岡鉄太郎(山岡鉄舟)についてわかりやすく!西郷隆盛(吉之助)や勝海舟との関係 大河ドラマ「西郷どん」キャストは藤本隆宏

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

山岡鉄太郎(山岡鉄舟)という人物について

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

大河ドラマのキャストは藤本隆宏さん

 

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山岡鉄太郎(山岡鉄舟)の生い立ち

山岡鉄太郎は、

1836年に江戸で生まれます。

西郷吉之助(隆盛)が1828年生まれですので、

山岡鉄太郎が8歳年下になります。

 

さまざまな流派の剣術を学び、剣の腕を上げていきます。

 

浪士組の取締役に

山岡鉄太郎は、

清河八郎らとともに尊王攘夷をかかげる「虎尾の会」を結成します。

 

1863年、

14代将軍・徳川家茂が京都に上る際に、

将軍警護のための「浪士組」を結成。

 

山岡鉄太郎は、清河八郎とともに浪士組の取締役の一人となります。

 

しかしながら、過激な清河八郎らの動きを幕府が警戒。

結局、山岡鉄太郎や清河八郎は江戸に呼びもどされ、そののちに清河八郎は暗殺されてしまいます。

 

なお、このとき浪士組の中には、 近藤勇土方歳三など、のちの新選組の中心となるメンバーたちもいました。

 

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江戸無血開城

時代は少し進んで、1868年。

西郷吉之助(隆盛)が率いる新政府軍が、江戸総攻撃を仕掛けようとしてました。

 

それを避けるために、勝海舟は山岡鉄太郎を西郷吉之助のもとへ派遣。

 

山岡鉄太郎は新政府軍の中を堂々と

「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」

と叫びながら歩いたといわれます。

 

そして、

駿府(現在の静岡県静岡市)にて、山岡鉄太郎と西郷吉之助は会談を行います。

 

西郷吉之助からは、総攻撃をとりやめるかわりに、

江戸城の明け渡し、武器や軍艦などの引き渡し、そして15代将軍・徳川慶喜の身柄をあずかる、などの条件を要求。

 

しかしながら、山岡鉄太郎は、徳川慶喜の身柄については断固として拒否します。

 

西郷吉之助が、朝廷より「徳川慶喜を討て」という命令を受けていると凄むと、

山岡鉄太郎は、「あなたが薩摩藩主に対して同じような条件を突き付けられたら、受け入れないはずだ」と反論。

 

主君である徳川慶喜の命を守るため、死を覚悟して一人で敵陣にやってきた山岡鉄太郎に心を動かされた西郷吉之助は、徳川慶喜の命を助けることを約束しました。

 

その後、西郷吉之助と勝海舟による会談にも山岡鉄太郎は同席。

「江戸無血開城」がなされます。

 

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明治維新後の山岡鉄太郎(山岡鉄舟)

明治維新後、

山岡鉄舟は、徳川家達(徳川16代当主)とともに駿府へ。

 

のちに新政府にて地方の要職につき、

のちに明治天皇に仕えるようになります。

 

そして、1888年、胃がんにて亡くなります。

享年53。

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