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山県昌景(やまがたまさかげ)とは?最強の赤備えを率いた男 最期やその子孫・身長・逸話など 直虎キャストは山本龍二

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NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」に登場する山県昌景

キャストとして山本龍二が演じるこの人物について、

難しい言葉などをできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます!

 

 

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武田信玄に仕える山県昌景

 

山県昌景は、武田家家臣の飯富家に生まれます。

諸説ありますが、父は飯富道悦だといわれます。

そのため、もとは飯富源四郎と名乗っていました。

大人になってからも身長は130cm~140cmくらいで体重も軽く、

当時としても小柄な体格だったといわれています。

 

武田信玄に仕えるようになり、

初陣から功績を挙げ、それが認められ若くして侍大将(一軍を指揮する者)を任されています。

その戦いぶりから「源四郎の赴くところ敵なし」とまで言われていたとされます。

 

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同族の者が武田信玄を謀反を起こし、姓を変える

 

山県昌景(飯富源四郎)の兄の飯富虎昌(おじという説もあり)が、

武田信玄に謀反を起こそうとするも、計画がばれて処刑されました。

その際、山県昌景は飯富虎昌と同族でありながら、

武田信玄にその計画を密告したと伝えられています。

この事件を機に、飯富源四郎から山県昌景に名前を変えたといわれます。

武田信玄を助けた功績により、

それまで飯富虎昌が率いていた武田家の最強軍団「赤備え」を率いることとなります。

 

 

徳川家康を苦しめる山県昌景

 

武田家は織田家・徳川家と対立し頻繁に戦いが起こっており、

山県昌景も赤備えを率いて織田・徳川と戦っています。

三方ヶ原の戦いで徳川家康の正面を攻め、

家康に屈辱的な大敗をさせたのも山県昌景の赤備えでした。

この戦いで徳川家康は「さても恐ろしきは山県なり」という言葉を残したと言われています。

 

また、山県昌景は、武田信玄より駿河(静岡県)の支配を命じられ、

井伊直虎井伊谷城を攻撃したともいわれます。

 

 

長篠の戦いで織田・徳川に大敗

 

勢いついていた武田家でしたが、

武田信玄の死により、武田家内で混乱が生じ、力が弱まりますが、

武田信玄を継いだ息子の武田勝頼により、

その後も織田・徳川への攻撃を続けていきます。

戦いが続くことにより、さらに武田家の力が弱まっていたため、

山県昌景は武田勝頼を説得するも、

聞く耳を持たず、織田・徳川への侵攻をやめませんでした

 

そして迎えた長篠の戦い

織田・徳川軍は馬防柵大量の鉄砲を用いた戦法を準備していたため、

山県昌景は武田勝頼に対し、決戦を避けるよう進言しましたが、

武田勝頼は聞き入れず、その結果武田軍は惨敗することになります。

この戦いで山県昌景の赤備えは正面より攻めていき、

織田・徳川軍の鉄砲隊にやられ、

赤備えは壊滅的に、山県昌景も戦死しています(享年47)

 

その後、武田家の力は急速に衰え、

武田勝頼も死に、武田家は滅亡していきます。

 

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山県昌景の子孫は現在、温泉宿を経営

 

山県昌景の息子である山県信継は、

その後徳川家康に仕え、500石を与えられています。

山県昌景の子孫は現在にもつづいており、

現在15代目の山縣善行さんは、山梨県の川浦温泉にて

「山県館」という温泉宿を経営されています。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」 人物解説一覧

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