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徳川家定とは?(とくがわいえさだ) その生涯や篤姫との関係について解説! 大河ドラマ「西郷どん」キャストは又吉直樹

更新日:

2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

第13代将軍・徳川家定(とくがわいえさだ)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます!

キャストは又吉直樹さん。

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徳川家定の生い立ち

徳川家定は1824年、

第12代将軍・徳川家慶の四男として江戸城で生まれます。

1828年生まれの西郷隆盛の4歳ほど年上となります。

母は側室の本寿院です。

 

徳川家慶には子供が男子14人、女子13人いましたが、

徳川家定以外は、子どものころに亡くなっています。

 

徳川家定も幼いころより病弱であり、

また、人前に出るのをひどく嫌っていました。

幼いころにかかった天然痘で顔にあざが残っていたことが、

人前を嫌う理由だともいわれています。

 

13代将軍になる

さきほど解説したとおり、

父親である12代将軍・徳川家慶には子供が徳川家定しか残っていなかったため、

徳川家定が次の将軍とされます。

しかしながら、病弱だった家定を将軍にすることを心配した家慶は、

一橋慶喜(のちの15代将軍・徳川慶喜)を自分の次の将軍にしようと考えますが、

幕府老中の阿部正弘に反対されています。

 

そして、黒船来航から19日後、徳川家慶は病死。

幕府が大きく混乱している中で、徳川家定が13代将軍となります。

 

将軍就任後、もともと悪かった病状がさらに悪化してしまいます。

そのため、幕府の政治は老中首座の阿部正弘を中心にして行われました。

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篤姫との結婚

徳川家定は、篤姫より前に2人正室をとりますが、

ふたりともすぐに亡くなっています。

 

家定の祖父にあたる第11代将軍・徳川家斉の正室が薩摩出身であり、

非常に子だくさんだったことから、

家定や大奥が薩摩出身の女性を正室に迎えたいと考えていたといわれます。

そのため、薩摩出身の篤姫が家定の正室となります。

 

将軍継嗣問題

篤姫と結婚するも、家定には子供が生まれませんでした。

そのため、次の将軍をめぐって後継者争いが激しくなっていきます。

 

紀州藩主の徳川慶福を推す南紀派(井伊直弼・本寿院)

VS

一橋家の当主・一橋慶喜を推す一橋派徳川斉昭島津斉彬松平慶永

 

という対立となります。

 

対立の結果、南紀派の徳川慶福が次期将軍に決定します。

それから間もなく、徳川家定は亡くなります。享年35歳でした。

 

徳川家定の病気・死因について

アメリカの外交官・ハリスが徳川家定に謁見した際に、

家定は言葉を発する前に頭を後ろにそらし、足を踏み鳴らしたとされます。

これは脳性まひの典型的な症状といわれており、徳川家定は脳性まひだったという説があります。

 

また、死因については、

持病の脚気が悪化した説

当時流行っていたコレラ

などの説があります。

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