大河ドラマで学ぶ日本の歴史

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島津茂久(しまづしげひさ 忠義)とは?島津久光の息子で斉彬の次の薩摩藩主 大河ドラマ「西郷どん」キャストは中島来星

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

島津茂久(しまづしげひさ 忠義)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

キャストは中島来星さん。

 

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島津茂久の生い立ち

島津茂久は、

1840年に島津久光の長男として薩摩で生まれます。

 

久光の異母兄である島津斉彬が薩摩藩の藩主となりましたが、

1858年に、茂久が18歳のころに斉彬が急死します。

 

斉彬には哲丸というまだ幼い息子がいましたが、

遺言では茂久を次の藩主と定めます。

これは、自分の死後、薩摩藩内で争いが起こらないようにするためとも言われています。

 

実権を握れない島津茂久

島津斉彬の死後、遺言通り島津茂久が薩摩藩主となりますが、

斉彬と久光の父である島津斉興が実権を握ります。

その後、久光が茂久の後見として実権を握り、

薩摩藩の「国父」と呼ばれるようになります。

 

その後も、薩摩藩主の座にはついていますが、

島津久光西郷吉之助(隆盛)大久保正助(利通)などが中心となって

明治維新へと進んでいくこととなります。

 

明治維新後の島津茂久

明治維新後、島津茂久は「島津忠義」と改名し、

版籍奉還後は、鹿児島藩知事となります。

 

その後、廃藩置県により藩がなくなると、公爵となり東京に住むことになります。

西南戦争が起こった際も東京におり、忠義は関わらなかったとされています。

 

帝国議会が開かれると、貴族院公爵議員となります。

そして、1888年に鹿児島にて亡くなります。58歳でした。

 

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