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参預会議(さんよかいぎ)とは?一橋慶喜と島津久光・松平慶永・山内豊信・伊達宗城・松平容保の合議制会議 中川宮朝彦親王

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する、

「参預会議(さんよかいぎ)」について、むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりゃすく解説していきます!

一橋慶喜や島津久光・松平慶永・山内豊信・伊達宗城・松平容保による合議制会議。

 

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参預会議までの流れ

いわゆる「安政の大獄」をおこなった井伊直弼が暗殺されたのち、

幕府の力は弱まっていき、

逆に朝廷の発言力が強くなっていました。

 

そのため、幕府や薩摩藩の島津久光は、

朝廷と幕府の結びつきを強めていく「公武合体」を進めようとします。

 

しかし、

「公武合体」に反対する過激な尊王攘夷派である三条実美などが長州藩と手を組み、

朝廷での主導権を握っていきます。

 

当時、孝明天皇は攘夷の考えを持っていたとはいえ、幕府と協調していきたいという意向を持っており、

三条実美や長州藩は、孝明天皇の意に反するものでした。

 

そのため、孝明天皇の意向を受けた中川宮朝彦親王は、

会津藩や薩摩藩に命じて、

尊王攘夷派の公家(三条実美など)と長州藩を京都から追放させました。

これを「八月十八日の政変」といいます。

 

尊王攘夷派を追放したものの、

中川宮朝彦親王らには朝廷を主導していく力はなく、

朝廷は人材不足に陥っていました。

 

そこで朝廷は、

薩摩藩の島津久光、越前藩前藩主・松平慶永、宇和島藩前藩主・伊達宗城、土佐藩前藩主・山内豊信、そして将軍後見職・一橋慶喜らに

京都に来るよう命令し、

今後の方策について意見を求めます。

 

そして、前述のような有力者たちが集まって合議制で行う会議として「参預会議」が行われることとなります。

 

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参預会議のメンバー

徳川慶喜(一橋徳川家当主、将軍後見職)
松平慶永(越前藩前藩主、前政事総裁職)
山内豊信(土佐藩前藩主)
伊達宗城(宇和島藩前藩主)
松平容保(会津藩主、京都守護職)
島津久光(薩摩藩主島津茂久の父)

 

 

参預会議のゆくえ

参預会議は主に

・長州藩の処分について

・横浜港の閉鎖について

が話し合われました。

 

当時、「攘夷」のために横浜港閉鎖をさせるという考えがあり、

孝明天皇もそれをもとめていたといわれます。

 

横浜港を閉鎖することは、欧米列強を刺激してしまう可能性があり、

島津久光などは閉鎖反対を主張。

 

しかし、もともと横浜港閉鎖に反対していたはずの一橋慶喜は、

島津久光ら薩摩藩には同調できないとして、横浜港閉鎖賛成の立場をとるようになります。

 

これにより、一橋慶喜と島津久光の対立が激化。

 

さらに、一橋慶喜は酒の席で

島津久光・松平慶永・伊達宗城を指さして

「この3人は天下の大愚物・大奸物であり、後見職たる自分と一緒にしないでほしい」

と中川宮朝彦親王に発言。

 

これに激怒した島津久光は、

「やってらるか!」と参預会議を見限り、

これまで幕府側だったものの、その後は朝廷側についていくようになります。

 

結局、参預会議はまとまわず、

一橋慶喜や他メンバーも参預を辞職。

参預会議は崩壊していくこととなります。

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