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西郷吉兵衛とは?(さいごう きちべえ) 西郷隆盛の父の生涯 大河「西郷どん」キャストは風間杜夫

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西郷隆盛の父・西郷吉兵衛(さいごうきちべえ)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」のキャストは風間杜夫さん

 

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西郷吉兵衛の生い立ち

 

西郷吉兵衛は、1806年に薩摩藩の鹿児島城下加治屋町にて生まれます。

父は薩摩藩士の西郷龍右衛門(隆充)です。

西郷吉兵衛は長男で、

弟の大山綱昌は、大山巌の父となる人物です。

 

そして、薩摩藩士の娘・椎原政佐と結婚します。

椎原政佐西郷満佐子ともいい、西郷吉之助(隆盛)の母となる人物です。

 

西郷吉兵衛の子供たち

 

西郷吉兵衛と西郷満佐子の間には、たくさんの子供が生まれました。

 

長男:西郷吉之助(隆盛)

長女:西郷琴(市来琴)・・・結婚後も、西郷吉之助不在の西郷家の世話を行っていた。

次男:西郷吉二郎・・・西郷吉之助不在の西郷家を、長男のように取り仕切った。

次女:西郷鷹

三女:西郷安

三男:西郷従道(信吾)・・・のちに海軍大将となる。

四男:西郷小兵衛・・・戊辰戦争に出兵、西南戦争で戦死する。

 

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赤山靭負と西郷吉兵衛

 

西郷吉兵衛は、赤山靭負の家の世話係としても働いていました。

そのため、西郷吉之助は赤山靭負と交流があったと考えられます。

 

しかし、薩摩藩ではお由羅騒動が起こり、赤山靭負は切腹することとなります。

 

その切腹の介錯を、西郷吉兵衛が担当。

そして、赤山靭負の血で染まった肌着を持ち帰り、

西郷吉之助に見せて、切腹の様子などを語ったといわれています。

(介錯は別の人が行ったという説もあります)

 

西郷吉兵衛の最期

 

1852年に、父の西郷龍右衛門が亡くなりますが、

その約2か月後に西郷吉兵衛も病気で亡くなります。

 

さらに、妻の西郷満佐子もその後すぐに亡くなっており、

西郷吉之助にとっては、短期間に祖父と両親を失うという悲しい時代でした。

 

「隆盛」は西郷吉兵衛の名前だった?

 

 

「西郷隆盛」は、ドラマの主人公でもある西郷吉之助のこととして知られており、

ほとんどの日本人が知っている名前です。

 

しかし、「隆盛」という名前は実は、西郷吉兵衛の別名(諱)だったのです!

こんなことになってしまった理由を説明します。

 

江戸時代では、ひとりの人物が複数の名前を持っているのが当たり前でしたが、

それではややこしいということで、

明治維新後は、一つの姓名に統一することとなりました。

西郷吉之助の別名(諱)は「隆永」といいましたので、西郷吉之助は「西郷隆永」と名乗るつもりでした。

しかし、西郷吉之助が戊辰戦争で函館に行っているころ、朝廷より階位を与えられることになり、急ぎで名前が必要となりました。

そこで、西郷吉之助と古くからの友人である吉井友実に確認したところ、

吉井友実が間違えて「隆盛」と伝えてしまい、

「西郷隆盛」として登録されてしまったのです。

 

西郷吉之助本人は全く気にすることなく、

「そいで、よか」という反応だったとされます。

そして、その後も修正されることなく「西郷隆盛」という名前が世に広まった、というわけです。

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