大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

大森兵蔵(おおもりひょうぞう)についてわかりやすく!妻・大森安仁子(アニー)や金栗四三・嘉納治五郎との関係 大河ドラマ『いだてん』キャストは竹野内豊

更新日:

 

2019年NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に登場する

大森兵蔵(おおもりひょうぞう)という人物について、

むずかしい言葉をできるだけつかわず、わかりやすく解説していきます!

ドラマのキャストは竹野内豊さん。

 

スポンサーリンク

大森兵蔵(おおもりひょうぞう)の生い立ち

大森兵蔵(おおもりひょうぞう)は、

1876年(明治9年)3月14日に、岡山にて生まれます。

 

東京高等商業高校(現在の一橋大学)に進学。

アメリカに留学し、スタンフォード大学で経営学を学びます。

 

そして、国際YMCAトレーニングスクールにてスポーツを学ぶようになります。

 

アニー・シェプリー(大森安仁子)との出会い

大森兵蔵が国際YMCAトレーニングスクールで学んでいたころ、

のちの妻となるアニー・シェプリー(大森安仁子)は、画家をしていました。

 

絵画制作に集中するため、

アニー・シェプリーは使用人を募集しますが、

応募したのが大森兵蔵でした。

 

当初は日本人の大森兵蔵の作る料理が口合わないなどしましたが、

二人は徐々にひかれあっていきます。

 

そして二人は1907年(明治40年)に、

国を超えて、20歳もの年齢差を超えて、結婚します。

 

アニー・シェプリーは1911年(明治44年)、

大森兵蔵とともに日本に渡ります。

そして帰化し、大森安仁子と改名します。

 

スポンサーリンク

バスケットボール・バレーボールを日本に広める

日本に帰国した大森兵蔵は、

東京YMCAや大学などで体育・スポーツの普及を行います。

 

そのころ、

バスケットボール・バレーボールを日本に初めて紹介しました。

 

また、嘉納治五郎らとともに大日本体育協会を設立します。

 

ストックホルム五輪へ、しかし・・・

1912年ストックホルムオリンピックに、

長距離の金栗四三と、短距離の三島弥彦が、

日本人初のオリンピック選手として出場することになりました。

 

その際に、大森兵蔵は、日本選手の監督としてストックホルムへ。

大森安仁子も同行していました。

 

しかし、大森兵蔵は、

肺結核により体調が悪化。

オリンピック期間は二人の選手の監督を行うどころではありませんでした。

 

ストックホルムからの帰路、

大森安仁子の故郷であるアメリカに寄りますが、

大森兵蔵の体調はさらに悪化。

 

そのまま、アメリカで亡くなります。

享年36。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』人物解説・キャスト一覧

Copyright© 大河ドラマで学ぶ日本の歴史 , 2019 All Rights Reserved.