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大河ドラマに出てくる人物や出来事、時代背景などについてわかりやすく解説!歴史初心者にも理解してもらえるように、難しい用語を使わずにまとめます!

大村益次郎(おおむら ますじろう)についてわかりやすく解説!大河ドラマ「西郷どん」キャストは林家正蔵

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

大村益次郎(おおむら ますじろう)という人物について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

キャストは林家正蔵さん

 

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大村益次郎の生い立ち

大村益次郎は、

1824年に、周防国(現在の山口県)の医者の子として生まれます。

 

緒方洪庵などから医学や蘭学、西洋兵学を学び、

西洋の知識を身につけていきます。

 

1853年、ペリーが来航すると、西洋の知識が求められるようになり、

大村益次郎は宇和島藩より招かれ、蘭学や西洋兵学などを教えることとなります。

 

また、宇和島藩主の参勤交代では江戸に同行、

幕府でも西洋兵学などを教えています。

 

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長州へ

その後、大村益次郎は、ふるさとの長州藩へもどります。

長州藩の藩校・明倫館で西洋兵学を教え、

同時に製鉄所建設を行うなど、軍備増強に尽力します。

 

そのころ、長州藩はイギリス・フランス・オランダ・アメリカとの間の武力衝突(下関戦争)が勃発。

大村益次郎は語学力を買われ、下関戦争の戦後処理にもあたっています。

 

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第二次長州征伐(幕府による長州藩征伐)では、

大村益次郎は武士以外の身分を軍に入れ、

最新の西洋銃を使用し、

合理的な戦術で、旧態依然とした幕府軍を撃破するなど活躍します。

 

戊辰戦争

西郷吉之助(隆盛)と勝海舟による会談ののち、

幕府は江戸城を新政府側に明け渡されることとなりました(江戸無血開城)

 

しかし、その後も旧幕府方の残党が抵抗を続けており、

大村益次郎は、旧幕府勢力の鎮圧のため、江戸の向かいます。

 

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江戸では、彰義隊と呼ばれる旧幕府勢力が上野に集結し、

新政府側の者を斬るなど、混乱が続いていました。

 

西郷吉之助(隆盛)もその対応には困っていましたが、

大村益次郎は彰義隊討伐のための準備を入念に行い、

上野で行われた戦闘は、わずか1日で新政府側の勝利となりました(上野戦争)

 

その後、事実上の新政府軍総司令官として指揮をとっていきます。

作戦をめぐって西郷吉之助(隆盛)と対立することもあったようです。

 

 

明治政府にて軍制改革

戊辰戦争後、

大村益次郎は、明治政府の軍制改革に着手していくこととなります。

 

しかし、軍の方針をめぐって、大久保利通や岩倉具視らと対立。

大久保利通により更迭されそうになるも、

大村益次郎をおいて他に適任者がいなかったため、

兵部大輔(現在の次官のようなもの)に就任することとなります。

 

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軍の整備に向けて尽力していくも、

1869年、京都にて元長州藩士の襲撃を受けます。

傷は深くかったものの、一命をとりとめますが、傷口から菌が入り敗血症を発症。

襲撃から2か月ほどのちに亡くなります。享年46

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