大河ドラマで学ぶ日本の歴史

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生麦事件と薩英戦争をわかりやすく解説!きっかけや勝敗 スイカ売り決死隊とは?西郷隆盛(吉之助)はそのころ

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する、

薩英戦争と、きっかけとなった生麦事件について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます!

 

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生麦事件とは?

生麦事件は、

江戸から薩摩へ戻る島津久光の大名行列が

生麦村(現在の横浜市鶴見区)を通る際に起こりました。

 

当時、大名行列を横切るのは無礼だとされ、斬ってもよいとされていました。

しかし、イギリス人・リチャードソンたちが馬に乗ったまま大名行列を通過。

リチャードソンらが横切ったのが島津久光のカゴの近くだったとされ、

薩摩藩士・奈良原喜左衛門により斬られてしまいます。

 

斬られたリチャードソンは、間もなく死亡。

海江田信義(有村俊斎)が、助かる見込みがないと判断し「楽にしてやろう」ととどめを刺したとも言われます。

 

激怒したイギリスは、幕府に謝罪と賠償金10万ポンドを要求し、受け取ります。

さらにイギリスは、薩摩藩にも賠償金2万5千ポンドと犯人の処刑を要求します。

この要求を薩摩藩は拒否。

このことが、薩摩藩とイギリスが戦う「薩英戦争」へと発展していきます。

 

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薩英戦争

イギリスは艦隊を率いて鹿児島湾へ。

しばらく交渉するもまとまらず、

イギリスは交渉を有利に進めるために、薩摩藩の汽船3隻を奪います。

 

これががきっかけとなり、戦いが開始します。

砲撃を中心とした戦いは3日間続きました。

 

戦いの結果、

イギリスは63名死傷、

たいして薩摩藩は19名死傷、鹿児島城下の10分の1を焼失する被害を受けました。

 

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薩英戦争の勝敗は?

戦いののちに、両者は講和交渉を行います。

薩摩藩は賠償金を幕府より借金する形で支払(ちなみに、これは返済していません)

また、リチャードソンを殺害した人物は逃亡中として、処罰しませんでした。

 

薩英戦争の勝敗は、

どちらが勝ったとはいえないという見方が一般的です。

 

また、この戦いをきかっけに薩摩藩とイギリスは親密な関係となっていきます。

このことが、今後の明治維新に大きな影響を与えていくこととなります。

 

スイカ売り決死隊とは?

薩英戦争の戦闘が開始する前、

鹿児島湾に停泊しているイギリスの艦隊への奇襲攻撃が計画されました。

 

その中心となったのは、奈良原喜左衛門海江田信義

80名ほどの若い薩摩藩士たちを率いてイギリス艦隊奇襲を行おうとします。

 

奇襲のために立てた作戦が、

スイカ商人に変装してイギリス艦隊に近づき、油断させて乗り込むというもの。

 

しかし、イギリス人はスイカを食べる文化がなく、

薩摩弁のなまりのため、通訳も言葉を理解することができません。

そして、そもそも、めちゃくちゃうさんくさかったため、計画は失敗に終わります。

 

このことが「スイカ売り決死隊」と呼ばれ、薩英戦争の笑い話として語り継がれています。

 

薩英戦争のころの西郷吉之助(隆盛)

薩英戦争が起こったころ、

西郷吉之助は、流刑により鹿児島から遠く離れた沖永良部島にいました。

 

薩英戦争の情報を聞いた西郷吉之助は、

処罰を覚悟で鹿児島にもどろうと考えたとされます。

土持政照がつくった船に乗り鹿児島に向かおうとしているころ、戦いが終わったことを聞き、

結局、このときに鹿児島に戻ることはありませんでした。

 

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