大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

三島和歌子(みしま わかこ)についてわかりやすく!『不如帰(徳冨蘆花の小説)』の姑モデル 仕込み杖で夫を守った三島弥彦・三島弥太郎の母 大河ドラマいだてんキャストは白石加代子

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2019年NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に登場する

三島和歌子(みしま わかこ)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

ドラマキャストは白石加代子

 

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三島和歌子(みしま わかこ)の生い立ち

三島和歌子(みしまわかこ)

1845年に薩摩藩士・柴山家の娘として鹿児島で生まれます。

 

兄の柴山景綱は、

西郷隆盛や大久保利通らの精忠組の一員でした。

のちに三島和歌子の夫となる三島通庸も精忠組のメンバーです。

 

三島和歌子は、14歳で嫁ぎます。

しかし、兄の柴山景綱は寺田屋騒動にて過激な行動をとったため謹慎処分となり、

影響を恐れた嫁ぎ先から離縁とされてしまいます。

 

寺田屋騒動には三島通庸も参加しており同じく謹慎処分に。

こののちに、三島和歌子と三島通庸は結婚することとなります。

 

仕込み杖で三島通庸を守る三島和歌子

三島通庸は、

西郷隆盛らのもとで戊辰戦争で戦い活躍。

その功績を認められ、明治新政府の要職に就いていきます。

 

いくつかの県の県令(県知事のようなもの)を務め、

その敏腕ぶりから「鬼県令」と呼ばれるほどでした。

 

三島和歌子はそんな夫を支えてきました。

 

しかし、三島通庸に命の危険が。

 

1884年(明治17年)、

三島通庸が栃木県令を務めていたころ、

自由民権運動の過激派による三島通庸の暗殺未遂が起こります(加波山事件)

 

このとき、剣術もできた三島和歌子は、

仕込み杖を持って夫・三島通庸を守っていたとされます。

 

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三島家を取り仕切る三島和歌子

三島和歌子と三島通庸の間に

三島弥太郎三島弥彦が生まれます。

 

のちに警視総監となった三島通庸は、

1888年(明治21年)に脳出血のため亡くなります。

 

三島通庸が亡くなった後、

三島和歌子が三島家を取り仕切るようになります。

 

のちに三島弥太郎は横浜正金銀行頭取や日本銀行総裁に、

三島弥彦は1912年ストックホルム五輪で日本人初のオリンピック選手の一人となります。

 

三島和歌子はその後1924年(大正13年)に亡くなります。

享年79。

 

徳冨蘆花『不如帰』の姑・お慶夫人のモデル

三島弥太郎は、大山巌の長女・大山信子と結婚しますが、

大山信子が結核を患ったため、

三島和歌子と三島弥太郎は離縁を告げます。

 

これらの事実などをもとに、三島弥太郎は、

1898年より連載された徳冨蘆花の小説『不如帰』の登場人物「川島武夫」のモデルに、

三島和歌子は、登場する姑・お慶夫人のモデルとなったとされます。

 

お慶夫人は悪女として描かれており、

三島和歌子は小説の内容を事実と勘違いした人々から誹謗中傷を受けていました。

 

作者の徳冨蘆花はしばらくは謝罪に応じなかったものの、

のちに三島和歌子に謝罪をしています。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』人物解説・キャスト一覧

 

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