大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

三島弥太郎(みしまやたろう)についてわかりやすく!三島弥彦の兄 徳冨蘆花『不如帰』川島武夫のモデル 大河ドラマ「いだてん」キャストは小澤征悦

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2019年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」に登場する

三島弥太郎(みしまやたろう)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

三島弥太郎役キャストは小澤征悦さん。

 

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三島弥太郎(みしまやたろう)の生い立ち

三島弥太郎(みしまやたろう)は、

1867年5月4日に鹿児島城下高麗町で生まれます。

下高麗町といえば、大久保利通の出生地としても知られます。

 

父の三島通庸は元薩摩藩士で、

西郷隆盛大久保利通のもとで戊辰戦争で活躍し、

のちに警視総監になった人物です。

 

三島弥太郎は父と共に東京に移り、

駒場農学校(現在の東京農業大学)に入学します。

 

成績優秀だったため、

国より費用を援助してもらいアメリカに留学。

マサチューセッツ農科大学で農政学を学びます。

 

その後、コーネル大学大学院に入り害虫学を学びますが、

神経痛のため、途中で退学しています。

 

日本銀行の総裁に

アメリカからの帰国後、三島弥太郎は、

1897年に貴族院議員に当選します。

 

その後、

横浜正金銀行の頭取を経て

1913年には第8代日本銀行総裁に就任します。

 

しかし、1914年には第一次世界大戦が勃発。

日本は戦場にはならなかったものの、

国際経済は大きく混乱していました。

 

そんな情勢の中、三島弥太郎は

日本銀行総裁としての激務をこなしていましたが、

1918年に戦争が終わった半年ほど後、

1919年3月7日に亡くなります。

享年51。

 

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徳冨蘆花の小説『不如帰』川島武夫のモデルに

三島弥太郎は、大山巌の長女・大山信子と結婚しますが、

大山信子が結核を患ったため、

三島弥太郎とその母・三島和歌子は離縁を告げます。

 

これらの事実などをもとに、三島弥太郎は、

1898年より連載された徳冨蘆花の小説『不如帰』の登場人物「川島武夫」のモデルになったとされます。

また、大山信子は主人公の「浪子」のモデルとされます。

 

弟・三島弥彦との関係

三島弥太郎の弟・三島弥彦は、

日本人初のオリンピック選手として

金栗四三と1912年ストックホルム五輪に出場した人物です。

 

三島弥彦が1886年生まれですので、

1867年生まれの三島弥太郎とは19歳ほど離れていることになります。

 

三島弥彦は、

ストックホルム五輪出場後に、

三島弥太郎がいる横浜正金銀行に入行し、

その後はスポーツの表舞台に立つことなく、銀行員としてその後の人生を送りました。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』人物解説・キャスト一覧

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