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桂久武(かつら ひさたけ)とは? 西郷隆盛・桂小五郎・坂本龍馬との関係 大河「西郷どん」キャストは井戸田潤

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する桂久武(かつら ひさたけ)

スピードワゴンの井戸田潤さんがキャストを演じるこの人物について、

難しい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます!

 

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桂久武(かつら ひさたけ)の生い立ち

 

桂久武(かつら ひさたけ)は、

1830年に日置島津家の当主・島津久風の五男として生まれます。

日置島津家は、薩摩藩主の島津家の分家であり、

代々家老をつとめるなど、非常に高い身分でした。

 

兄には、島津久徴(のちに薩摩藩の主席家老となります)や、

赤山靭負(あかやま ゆきえ)がいます。

 

西郷隆盛の父・西郷吉兵衛は赤山靭負に仕えており、

西郷隆盛と赤山靭負は親交があったとされます。

 

桂久武は25歳のころには、同じく島津家分家の桂家の養子となります。

造士館(薩摩藩の藩士の学校)で働いていたとされます。

 

 

お由羅騒動で、兄・赤山靭負が切腹

 

薩摩藩では次の藩主をめぐって、

島津斉彬派と島津久光派が対立する

「お由羅騒動」が起こります。

 

桂久武は、兄の赤山靭負島津久徴と共に斉彬派につき、

斉彬を次期藩主にするよう尽力します。

 

しかし、斉彬派の者が、

島津久光とその母・お由羅を暗殺しようとしていると疑われます。

そのため、斉彬派の中心人物であった赤山靭負は、

切腹することとなります。

 

赤山靭負の切腹では、西郷隆盛の父・西郷吉兵衛が介錯を担当したとされ、

赤山靭負の血がついた肌着を持ち帰り、西郷隆盛に見せたと伝えられます。

 

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お由羅騒動で左遷されるも、西郷隆盛と親しくなる

 

お由羅騒動のため、桂久武は奄美大島に左遷され、

奄美大島の警護や鉱山管理を任されます。

この左遷先で、島流しになっていた西郷隆盛と親しくなり、

日本の将来について熱く語り合ったと言われています。

 

これ以来、西郷隆盛にとっては桂久武は本音で話せるほどの親友となります。

(西郷隆盛から桂久武にあてた手紙には、本音をつづったものがたくさん残っています)

桂久武は、西郷隆盛の倒幕活動をサポートする心強い存在になっていきます。

 

その後、鹿児島に戻ることとなり、

小松帯刀とともに倒幕に向けて薩摩藩内の考えの統一に尽力、

ついには家老にまでなっています。

 

 

薩長同盟の場に同席する桂久武

 

そして、薩摩藩と長州藩が手を組む「薩長同盟」が結ばれる際には、

長州の桂小五郎(木戸孝允)

薩摩の西郷隆盛・小松帯刀、

そして坂本龍馬とともに、

桂久武も同席していたとされます。

 

そして、薩摩と長州が倒幕に向けて挙兵し、

戊辰戦争へと突き進んでいく際には、

桂久武は後方支援として、戦いの物資の補給に尽力したとされます。

 

西南戦争で戦死

 

明治維新後、

桂久武は鹿児島藩の大参事(知事のひとつ下のポスト)をはじめとした

重要な役職にいくつか就くことになります。

 

しかし、しばらくすると病を理由に役職に就くことを断り、

鉱山管理の経験を活かし、

鹿児島の霧島山の開拓指導や、鉱山開発の指導を行うようになります。

 

そして、西郷隆盛を中心に西南戦争が起こります。

桂久武は、西南戦争に反対しており戦いに参加するつもりはなかったのですが、、

西郷隆盛の出陣を見送る場に来ると、

西郷隆盛との長年の友情からか、

そのまま戦いに参加する決心をしてついて行ったとされます。

 

そして、戦いの場で流れ弾に当たり亡くなります。

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