大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

可児徳(かにいさお)をわかりやすく!金栗四三・嘉納治五郎・永井道明との関係 ドッジボールを広める 大河ドラマ「いだてん」キャストは古舘寛治

更新日:

 

2019年NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に登場する

可児徳(かにいさお)という人物について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

可児徳役キャストは古舘寛治

 

スポンサーリンク

可児徳(かにいさお)の生い立ち

可児徳(かにいさお)は、

1874年11月6日に現在の岐阜県中津川市にて生まれます。

 

父は藩士でしたが、

可児徳が生まれたのは明治維新後しばらく経ったころであり、

農業を行い生計を立てていました。

 

可児徳は、

尋常小学校を卒業後、

体操練習所(現在の日本体育大学)に入学。

 

普通体操や兵式体操を学びます。

 

金栗四三・三島弥彦をオリンピックへ送り出す

体操練習所を卒業した可児徳は教師となります。

 

のちに体操の知識を買われ、

嘉納治五郎が校長を務める東京高等師範学校(現在の筑波大学)に招かれます。

 

嘉納治五郎がIOC委員となり、

日本人をオリンピックに初出場させようと奮闘していく中、

可児徳は永井道明らとともに、嘉納治五郎のサポートに尽力します。

 

その甲斐あって、

1912年ストックホルム五輪には

金栗四三(長距離)・三島弥彦(短距離)の2名を出場させることに成功。

 

オリンピックでの結果はあまり良いものではありませんでしたが、

日本人初のオリンピック出場という偉業を成し遂げるのでした。

 

永井道明との対立

可児徳は、学校教育において「普通体操」の指導を薦めていましたが、

一方の永井道明は、軍隊的な色の強い「スウェーデン体操」を推していました。

 

1913年には永井道明らによる「学校体操教授要目」が制定され、

スウェーデン体操が主流となります。

 

のちに可児徳はアメリカへ留学し、

スポーツを学び帰国します。

 

そして、アメリカで学んだスポーツを学校教育に取り入れようとし、

ふたたび永井道明らと対立します。

 

永井道明らの「スウェーデン体操派」

可児徳嘉納治五郎らの「スポーツ派」の対立は、

スポーツ派の勝利となります。

 

これを機に、

永井道明は東京高等師範学校を去り、

学校教育からはスウェーデン体操は衰退していき、

スポーツが主流となっていきます。

 

女子体育に尽力・ドッジボールを広める

その後、可児徳は、

高等女学校の校長に就任。

女子体育に尽力していくこととなります。

 

また、可児徳は、

日本にドッジボールを紹介したことでも有名です。

(当時は「円形デッドボール」と呼ばれていました)

 

そして可児徳は、

1966年9月8日に亡くなります。

享年93。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』人物解説・キャスト一覧

Copyright© 大河ドラマで学ぶ日本の歴史 , 2019 All Rights Reserved.