大河ドラマで学ぶ日本の歴史 ~大河ドラマ情報館~

大河ドラマに出てくる人物や出来事、時代背景などについてわかりやすく解説!歴史初心者にも理解してもらえるように、難しい用語を使わずにまとめます!

本能寺の変は徳川家康を暗殺する計画だった? 明智光秀の行動の謎と新説 大河ドラマ「直虎」

更新日:

 

2017年NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の

クライマックスをかざる本能寺の変について、

新説を交えて解説していきます!

※この記事は、ドラマのノベライズ小説をもとに書いています。

48話放送前に読むとネタバレになる可能性もありますのでご注意ください。

 

スポンサーリンク

 

本能寺の変は、もともと徳川家康を暗殺するものだった?

 

歴史ファンの皆様の中には読んだことがあるかもしれません、

「本能寺の変 431年目の真実」

 

明智光秀の子孫とされる明智憲三郎氏による書籍です。

 

この本には、

「本能寺の変は、もともとは織田信長が徳川家康を殺害する計画だった!」

という説が書かれています。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」の本能寺の変は新説をもとに

 

そして、大河ドラマ「おんな城主 直虎」での本能寺の変は、

「家康暗殺説」をもとにして描かれています。

 

明智憲三郎氏の説が完全に正しいと決着がついたわけではありませんが

井伊直虎が亡くなるのは本能寺の変と同じ年ということもあり(諸説あります)、

本能寺の変がドラマのクライマックスを飾るため、

これまでの説とは異なる展開を描いて、

「意外性」を出して面白くしようとしている可能性があります。

 

ここからは、明智憲三郎氏の説をもとに解説していきます。

 

本能寺の変の前に、安土城に招待される徳川家康と重臣たち

 

本能寺の変の少し前に、

織田家・徳川家の長年の敵だった武田家は滅亡しました

 

そんな中、徳川家康は織田信長より

「安土城でもてなすから来てほしい」と招待されます。

 

しかも、

酒井忠次・榊原康政・本多忠勝・井伊直政「徳川四天王」石川数正をはじめとした

徳川家にとってなくてはならない重臣たちも一緒に、と。

 

 

用心深い徳川家康は、

「武田家が滅亡したことにより、織田信長が家康と同盟を結んでおくメリットが無くなる

この機会に重臣たちもろとも斬ろうとしているのではないか?」

と考えたことでしょう。

 

しかしながら、歴史の上では、

確かに家康はこの招待に従い、安土城に行っています。

信長の誘いを断るとあとが怖い

と考えてしぶしぶ行ったのかもしれませんが、

さすがに生きるか死ぬかの賭けをやるようなものなので、

用心深い家康の行動としては不自然です。

 

そこで、明智憲三郎氏は、

明智光秀が家康の計画を伝えており、逆手にとって信長を暗殺しようともちかけた

という説を唱えており、

大河ドラマ「直虎」はその説をもとにしたストーリーになっています。

 

スポンサーリンク

 

最後に

 

今回は、大河ドラマ「おんな城主 直虎」の本能寺の変の描かれ方について記事を書きました。

 

歴史に詳しい方にとっては常識である

「本能寺の変が起こった際に徳川家康はたまたま堺にいて、

重臣たちと共に岡崎まで逃げた(伊賀越え)」

という話は、

よくよく考えればすごい偶然ですよね。

 

そのころの徳川家康は、頻繁に京都や大阪の方に行っているわけではありませんので、

もし偶然であれば、家康はめちゃくちゃ運が悪い、ということになります。

 

あくまで説ではありますが、ドラマはフィクションなので、

本能寺の変の様々な描かれ方が楽しめますね。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」 人物解説一覧

スポンサーリンク

-おんな城主直虎

Copyright© 大河ドラマで学ぶ日本の歴史 ~大河ドラマ情報館~ , 2018 All Rights Reserved.