大河ドラマで学ぶ日本の歴史

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本寿院(ほんじゅいん)とは?13代将軍徳川家定の生母 大奥での篤姫との関係 大河ドラマ「西郷どん」キャストは泉ピン子

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

本寿院(ほんじゅいん)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

ドラマのキャストは泉ピン子さん。

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本寿院の生い立ち

本寿院は1807年に生まれます。

父は、幕臣の跡部正賢だという説があります。

名前は美津(この解説では「本寿院」で統一します)

 

本寿院の姉が大奥に仕えていたため、

本寿院も16歳より大奥に入ることとなります。

 

13代将軍 徳川家定の母となる

大奥に入った翌年、本寿院は次期将軍である徳川家慶と関係を持ち、

政之介を生みます。

この政之介が、のちの13代将軍・徳川家定です。

 

その後、徳川家慶が12代将軍に就任。

徳川家慶の子どもは家定以外幼くして亡くなっていましたので、

徳川家定が次の将軍と定められます。

そのため、本寿院は次期将軍の生母として、大奥内で高い身分を与えられます。

 

徳川家慶が亡くなると、徳川家定が13代将軍に就任。

本寿院は、将軍の生母として、本丸大奥(大奥の中心)に入ります。

(このころより、「本寿院」と名乗るようになります)

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篤姫が徳川家定の正室に

徳川家定は公家より正室(鷹司政煕の娘・任子)を迎えますが、すぐに亡くなってしまいます。

その後、また公家より正室(一条忠良の娘・秀子)を迎えますが、秀子もすぐに亡くなってしまいます。

いずれも子供は生まれませんでした。

 

そして、次の正室となったのが、薩摩藩出身の篤姫(天璋院)でした。

しかしながら、篤姫との間にも子供は生まれず、次の将軍が決まりませんでした。

 

そのため、「将軍継嗣問題」という次期将軍をめぐった争いが起こり、

紀州藩主・徳川慶福を推す南紀派井伊直弼本寿院)と

一橋家の一橋慶喜を推す一橋派島津斉彬徳川斉昭松平慶永)が対立します。

 

一橋慶喜の父である徳川斉昭は、大奥の女性と関係を持ち懐妊させたり、

大奥の縮小を訴えたりするなど、

大奥での評判は非常に悪かったとされます。

そのため、大奥の人間である本寿院は徳川斉昭や一橋慶喜を嫌っており、

南紀派として徳川慶福を次期将軍に推していました

 

その後の本寿院

それからまもなく、実の息子である徳川家定が死去。

徳川慶福が14代将軍・徳川家茂となります。

その後も本寿院は篤姫(天璋院)とともに大奥に残ります。

 

1868年、江戸無血開城により江戸城が明け渡されると、

本寿院は天璋院とともに一橋邸に移り住みます。

 

その後は穏やかな余生を過ごし、

1885年に一橋邸にて亡くなりました。

享年79歳でした。

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