大河ドラマで学ぶ日本の歴史

大河ドラマに出てくる人物などを、むずかしい言葉をできるだけ使わずにわかりやすく解説!

平沢和重(ひらさわ かずしげ) 東京オリンピック招致でスピーチしたNHK解説委員 嘉納治五郎との関係 大河ドラマキャストは星野源

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2019年NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』に登場する

平沢和重(ひらさわ かずしげ)という人物について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

平沢和重役キャストは星野源

 

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平沢和重(ひらさわ かずしげ)の生い立ち

平沢和重(ひらさわ かずしげ)は、

1909年9月14日に香川県丸亀市にて生まれます。

 

東京帝国大学を卒業後、

駐米日本大使の秘書官や、ニューヨーク領事など、

外交官として活躍します。

 

嘉納治五郎の最期を看取る

平沢和重が外交官をしていた1938年、

嘉納治五郎はカイロ(エジプト)で行われるIOC総会に出席し、

1940年東京オリンピック開催に向けて尽力していました。

 

このとき、帰りの船に一緒だったのが平沢和重で、

二人は交友を深めました。

 

しかし、嘉納治五郎は船内で肺炎のため亡くなってしまいます。

 

平沢和重は嘉納治五郎を看取っており、

のちに1964年東京オリンピック招致のスピーチ時には、

「嘉納治五郎の最期を看取った人物」として紹介されます。

 

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東京開催は反対と、NHK解説委員として唱えていた

平沢和重は1949年よりNHK解説委員としてNHKの番組などに出演するようになります。

 

のちに日本が1964年東京オリンピック開催に向けて招致に尽力していく中、

平沢和重は「東京オリンピックの開催は時期尚早」として、反対意見を唱えていました。

 

しかしながら、

1959年にミュンヘンで行われるIOC総会で

東京オリンピック招致に向けての最終スピーチを行う予定だった北原英雄(外交官)がケガのため出席できなくなります。

 

このとき、東龍太郎(東京都知事)や、岩田幸彰(日本オリンピック委員会常任委員)らは、

平沢和重が代役として適任と考えます。

 

平沢和重が外交官であったことから、英語が堪能で国際情勢にも詳しく、

さらにはアジア初IOC委員として世界中でも有名だった嘉納治五郎の最期を看取った人物であることなどが理由といわれます。

 

平沢和重のスピーチ

スピーチを引き受けた平沢和重は、

持ち時間1時間として用意されていた原稿を書き直し、

15分でスピーチを行いました。

 

その概要は

「日本は極東と呼ばれているが、飛行機の時代になり極東ではなくなった。国際理解や人間関係の心の距離を消すには人と人が直接会う事が一番で、お互いに理解する事から世界平和が始まる。今こそオリンピックをアジアで開くべき時。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B2%A2%E5%92%8C%E9%87%8Dより引用

 

簡潔に15分にまとめたれたスピーチはIOC委員たちの心をとらえ、

1964年の東京オリンピック招致に成功します。

 

なお、なぜ15分にまとめたのかと問われた際に、

「テレビの解説は15分ですから」

と答えたというエピソードも残っています。

 

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平沢和重の最期

平沢和重は、

1977年3月7日にがんのため亡くなります。

享年67。

『いだてん〜東京オリムピック噺〜』人物解説・キャスト一覧

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