大河ドラマで学ぶ日本の歴史

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辺見十郎太(へんみ じゅうろうた)をわかりやすく解説! 西郷隆盛との関係 西南戦争での戦い 大河ドラマ「西郷どん」キャストは持永雄恵

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2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する

辺見十郎太(へんみ じゅうろうた)について、

むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

(辺見十郎太役キャストは持永雄恵)

 

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辺見十郎太(へんみ じゅうろうた)の生い立ち

辺見十郎太(へんみ じゅうろうた)は、

1949年に鹿児島荒田町にて生まれます。

 

身長は非常に高く、180cmほどもあり、

薬丸自顕流の達人でした。

 

戊辰戦争での辺見十郎太

戊辰戦争で辺見十郎太は、

おもに村田新八のもとで戦っていました。

 

鳥羽伏見の戦い、

上野戦争、

会津戦争、

などに参加しています。

 

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近衛陸軍の大尉に

辺見十郎太は明治維新後、

鹿児島常備隊の小隊長になります。

 

そして、

1871年(明治4年)に、

西郷隆盛らが率いる「御親兵」に参加。

ともに東京に上ります。

 

御親兵はのちに「近衛兵」と改称され、

辺見十郎太近衛陸軍の大尉に任命されています。

 

皇居が焼けた際に遊んでいた

「御親兵」をもととする「近衛兵」は、

天皇や御所の護衛が主な任務でした。

 

しかし明治6年に

皇居が焼けた際には、

辺見十郎太は妓楼で遊んでおり

かけつけることができませんでした。

 

そのため、近衛兵のメンバーたちに強く問い詰められ、

切腹を迫られます。

 

しかし、西郷隆盛が辺見十郎太を擁護し、

それから心を入れ替えたといわれます。

 

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西郷隆盛とともに鹿児島に

「征韓論」論争で敗れた西郷隆盛は、

明治政府を辞職。

鹿児島に戻ってしまいます。

 

その際には、

大勢の薩摩出身の者たちが

西郷隆盛とともに辞職し鹿児島についていっています。

 

辺見十郎太も西郷隆盛に従い辞職。

西郷隆盛とともに私学校の設立に尽力し、

宮之城郷の区長もつとめました。

 

西南戦争での辺見十郎太

西南戦争では、

辺見十郎太は三番大隊の中の一番小隊長として参加。

 

その勇猛果敢さで仲間からの信頼が厚かったといわれます。

 

一方、気性の激しい部分も持ち合わせており、

逃げ出す仲間を斬りその肝を部下たちに食べさせ、

「逃げたらお前たちもこうなるぞ」とみせしめていたとも伝わります。

 

しかしながら、

薩摩軍は劣勢となり、

鹿児島の城山に追い込まれます。

 

城山を完全に包囲された薩摩軍は、

最後まで戦いぬくものの、

負けが確実に。

 

覚悟を決めた西郷隆盛は、

別府晋介に介錯をたのみ、自決。

 

西郷隆盛の死を見届けた辺見十郎太は、

明治政府軍に突撃し、戦死。

(別府晋介と刺し違えたともいわれます)

享年29。

 

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