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長丸とは徳川秀忠 徳川家康の息子で母は西郷局、徳川信康の異母弟大河 「直虎」に登場 

更新日:

 

2017年NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」に登場する長丸

のちに徳川秀忠として2代将軍となるこの人物について、

難しい言葉を出来るだけ使わずに解説していきます!

 

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徳川家康を父に、西郷局を母に生まれる長丸(徳川秀忠)

 

長丸(徳川秀忠)は、

徳川家康と側室の西郷局の間に生まれます。

 

長丸が生まれるまでに徳川家康は、

正室・瀬名(築山殿)との間に徳川信康

側室・於万の方との間に結城秀康を生んでいます。

 

よって、長丸は、

徳川家康にとって3人目の男児ということになります。

 

次男の結城秀康は側室の子供であったため、

正室の瀬名の嫉妬を恐れて、

まだお腹にいる間に母の於万の方は家康の家臣のもとに預けられ、

しばらく父親と会うこともできなかったと言われています。

 

長丸も側室の子供であったため、

同じような運命となる可能性もありましたが、

生まれたその年に大事件が起こります。

 

 

 

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徳川信康の切腹と瀬名(築山殿)の死

 

本来であれば、正室の長男である徳川信康が継ぐはずであり、

長丸(徳川秀忠)が将軍になることはなかったはずです。

 

しかし、徳川信康は織田信長の怒りを買ってしまい、切腹に追い込まれ、

母である瀬名も殺されてしまいます。

徳川信康の切腹についてはコチラで解説しています

 

兄・結城秀康は豊臣秀吉の養子となる

 

さらに、次男の結城秀康は、

徳川家康と豊臣秀吉との間に起こった小牧・長久手の戦い後に、

和解のため、秀吉の人質として養子に出されます。

そしてその後、結城家を継ぐことになります。

(家康の子供なのに名字が「結城」なのはそのためです)

 

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徳川家を継ぎ、2代将軍となる徳川秀忠

 

徳川秀忠は、浅井長政市(織田信長の妹)の娘であると結婚。

その後、徳川家の正式な跡継ぎとなります。

 

関ヶ原の戦いの際には、上田城を攻めることに固執し、本戦に間に合わなかったため、

徳川家康を激怒させるものの本多正信のとりなしによって許されています。

 

そして徳川家康が征夷大将軍となります。

家康は征夷大将軍になって2か月後に、

次の将軍は徳川秀忠であることを朝廷に認めさせています。

そして、家康が将軍になってわずか2年足らずで、

家康は将軍の座を退き、秀忠が2代将軍となっています。

 

これには、「征夷大将軍は世襲とする」

とハッキリ示して、後継ぎ争いを防ぐ目的があったともいわれています。

 

家康は将軍は退いたものの、江戸幕府の政治には大きな影響力を持っており、

大坂の陣の直後に亡くなるまでは、

実質的な権力を持っていたとされています。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」 人物解説一覧

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