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有馬新七とは?(ありま しんしち) 精忠組や寺田屋事件、西郷隆盛との関係 大河「西郷どん」キャストは増田修一朗(子役 伊澤柾樹)

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有馬新七(ありま しんしち)について、むずかしい言葉をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます!

2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」キャストは増田修一朗さん(子役 伊澤柾樹くん)

 

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有馬新七(ありま しんしち)の生い立ち

 

有馬新七は、1922年に薩摩国日置郡で生まれます。

父は郷士・坂木四郎兵衛です。

父が有馬家の養子となった際に、

鹿児島城下の加治屋町に移住します。

 

剣の達人であった叔父から剣術を学び、

儒学にも秀でていました。

19歳になると江戸に出て学問を学び、

薩摩にもどると、学問所や藩校で教育に携わります。

 

 

桜田門外の変

 

有馬新七は儒学などを学んでいく中で、

尊王攘夷の考えに染まっていくこととなります。

また、有馬新七と同じ加治屋町で育った西郷吉之助大久保一蔵らとともに、

精忠組」を結成します。

 

そして、有馬新七は、精忠組の過激派たちと共に

「安政の大獄」で反対する者の弾圧を続けていた井伊直弼を暗殺する計画に参加しようとします。

これが「桜田門外の変」です。

 

しかしながら、有馬新七は藩の許しを得られず江戸に行けなかったため、

参加することができませんでした。

(精忠組のメンバーであった有村雄助有村次左衛門は桜田門外の変に参加しています)

 

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寺田屋事件

 

その後、薩摩藩の実質的なトップであった島津久光が、

幕政改革をすすめるため、兵を率いて京都に上ろうとします。

 

島津久光は、武力を行使するつもりはありませんでした。

しかし、有馬新七をはじめとした精忠組の過激派たちは、

「これを機に武力で幕府を倒すべし!」と奮い立ちました。

そして、島津久光に倒幕を決心させるために、

関白や京都所司代を暗殺する計画を立てます。

 

それを知った島津久光は、

大久保一蔵(利通)有村俊斎(海江田信義)など精忠組の者を派遣して説得にあたらせますが、

有馬新七らの考えは変わりませんでした。

 

そこで、島津久光は、

同じく精忠組のメンバーで剣豪といわれる大山格之助(綱良)などを派遣し、

「説得に応じなければ斬れ」と命じました。

 

それでも有馬新七らは説得に応じず、

精忠組の者同士が斬り合うこととなります

 

この事件が京都の寺田屋で起こったため、「寺田屋事件(騒動)」とよばれています。

(坂本龍馬が襲われた寺田屋事件とはまた別です)

 

壮絶な斬り合いの中、

敵を壁に押し付けた状態で、

「俺ごと刺せ!」と仲間に伝え、

そのまま38歳で亡くなりました。

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